
創業ストーリー<第1話> なぜ33年間勤めた市役所を辞め、不動産業を始めたのか
「中瀬さん、どうして市役所を辞めたんですか?」
不動産業を始めてから、本当によく聞かれる質問です。
退職することを伝えたとき、多くいただいた言葉は、
「もったいない」「我慢してやっといたらええのに」
でした。比較的、高齢の方からの反応です。
確かに、33年間勤めた市役所を辞めることに驚かれるのは、当然だったと思います。
一方で、若い職員からは、
「かっこいいですね。」
と言っていただいたこともありました。嬉しかったです。
私は、市役所が嫌で辞めたわけではありません。
地域の皆さんと向き合い、多くのことを学び、多くの仲間と出会い切磋琢磨し、本当にやりがいのある仕事でした。
今でも、その33年間は私にとって大切な財産です。
それでも、50代後半になり、この先の人生を考えたとき、一つの思いが大きくなっていきました。
「人生をもう一度、自分の意志で挑戦してみたい。」
体力、気力は少しずつ変わっていきます。やるなら今だ。
残りの人生は、自分が本当にやりたい仕事を、価値観の合う人たちと、定年を気にすることなく続けていきたい。
そんな思いが強くなりました。
転機になったのは、令和6年の宅地建物取引士試験です。
ゴールデンウィーク前、市販のテキストを買い、「とりあえずやってみよう」と勉強を始めました。
すると、不思議なことに毎日2時間以上の勉強が10月の試験まで続いたのです。
「もし合格したら、新しい人生が始まるかもしれない。」
そんな未来を想像すると、自然とワクワクして、机に向かうことができました。
合格すると、「まだ自分は新しい挑戦ができるんだ!」と前に進む勇気をもらいました。
市役所時代、私は地域の課題を少しでも良くしたいという思いで仕事をしてきました。
特に、地域に大きな負担がかかっている「市政協力委員制度」の見直しや、近年深刻になっているクマをはじめとする「有害鳥獣被害対策」などについては、全区役所の担当者が集まる会議の場で、現場の状況を訴え、改善を提案してきました。
しかし、行政には公平性や合意形成を大切にするという大切な役割があります。
だからこそ、一つの制度を変えるには時間がかかります。
そのもどかしさを感じることもありました。
一方で、小さな会社組織では、自分が必要だと思ったことを、自分の責任で実践できる自由があります。
私は、制度を考えるだけではなく、実際に行動し、形にする人生を選びたいと思いました。
そして、不動産業という新しいフィールドへ飛び込みました。
この仕事を選んだ理由は、「家を売りたかった」からではありません。
人の悩みを解決したい。
空き家を生かしたい。
地域をもっと元気にしたい。
そんな思いを、より実践できる仕事だと思ったからです。
これからも、仕事の大小にかかわらず、不動産業を通じて、人のお役に立ち、地域をより良くする挑戦を続けていきたいと思っています。
それが、33年間勤めた市役所を退職し、株式会社なかせ不動産を創業した理由です。
次回は、私の仕事の原点とも言える、子どもの頃の「プラレール」の思い出についてお話ししたいと思います。
